最終メンテ前夜の復元訓練で、検証DBの件数がバックアップ台帳と一致しなかった。差は十二件。小さな不一致だったが、律の呼吸が浅くなり、手がキーボードの上で止まった。
瀬名は代わりに操作せず、手順を最初から読み上げた。対象環境、バックアップID、取得時刻、ハッシュ、復元先。律が一つずつ指差して確認する。原因は取得後に走ったテストデータ削除で、バックアップ自体の破損ではなかった。
確認を終えると、律は七年前のことを話した。承認者を待てず、早く復旧しなければという焦りから、環境変数の確認を飛ばした。コマンドが本番へ向いていると気づいたときには、上書きが始まっていた。
「組織に不足があったことを理由に、自分の操作を消したくはありません。でも、私一人が弱かったから起きた、とだけ思い続けるのも違った」
瀬名は慰めで否定しなかった。「操作ミスは記録する。承認不在、検証環境なし、曖昧な手順も同じ重さで記録する。今の手順がどう変わったかまで書きましょう」
二人は旧資料を添え、当時の障害記録へ補足を提出した。現在の復元手順には、対象を色付きで表示する確認、二人承認、書き込み前のダンプ、切り戻し判定がすでに入っている。壊れたバックアップの復元訓練、LVM拡張、そして今夜の学びが形になっていた。
律は色あせた付箋を手帳へ貼り直し、その横に日付と『補足提出済み』と書いた。捨てるのではなく、終わった記録へ変えたのだ。
帰り際、彼女は朝食の予定を開いた。「最終メンテ、終わらせましょう。障害がない時間に行くために」
瀬名は頷いた。彼が彼女を直したのではない。二人で、未完だった対応を完了させた。
人物紹介
瀬名悠真
- 男性、30代
- サーバ運用・インフラ担当
- 手は動くが、初動で少し焦りやすい
久坂律
- 女性、30代
- 監視、自動化、ログ解析、運用設計に強い
- 冷静で、原因調査の順序を大事にする