ノア停止から二日後、律の社内チャットへ瀬名からメッセージが届いた。『停止判断は過剰だった。真壁さんには、律さんが独断で止めたと報告する』。続けて、二人しか知らない朝食の店名まで書かれていた。
同じ時刻、瀬名は別室でインシデント会議に出ている。本人の端末には送信履歴がない。攻撃者は過去のチャット流出と公開情報を組み合わせ、瀬名らしい文章を生成していた。
律は一瞬、返信欄へ手を置いた。内容は偽物でも、自分が過剰に慎重なのではないかという不安だけは本物だった。そこを狙われている。
彼女は返信せず、事前に決めた固定電話へ連絡した。瀬名は会議を抜け、本人確認の短い文を返す。二人は偽チャットを証拠保全し、認証セッションを失効させた。
「店名まで知られていました」と律が言う。
瀬名は驚いたが、関係を秘密にする話へ逃げなかった。「知られて困る情報と、知られても二人を動かせない約束を分けましょう」
攻撃者は二人の情報を持っていた。それでも、どの経路を信じるかまでは奪えない。信頼は秘密の量ではなく、確認を拒まない習慣に宿っていた。
人物紹介
瀬名悠真
- 男性、30代。サーバ運用・インフラ担当
- AIの有用性を率直に評価しながら、判断を預けすぎない運用を学ぶ
久坂律
- 女性、30代。監視、自動化、ログ解析、運用設計に強い
- 肩上のレイヤードボブ。AIを監査可能な仕組みへ変えていく
真壁紗英
- セキュリティ責任者。導入効果とリスクを同じ資料で扱う
ノア
- ログ要約、予兆検知、手順候補を担う運用支援AI
- 単一の人格ではなく、モデル、知識、ツール接続からなるシステム
